大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(行ツ)82号 判決

上告人

平塚勝一

右訴訟代理人

中嶋忠三郎

羽中田金一

舟橋功一

被上告人

吉田常雄

右訴訟代理人

小林健治

右補助参加人

松本充八

右補助参加人

田口栄一

右補助参加人

本馬保彦

右補助参加人

西尾壽元

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の本件訴えを却下する。訴訟の総費用のうち補助参加によつて生じた部分は被上告補助参加人らの負担とし、その余は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人中嶋忠三郎の上告理由第二点について

本件記録によれば、被上告人の訴えの提起及びその変更の経緯は、次のとおりである。被上告人は、昭和四九年一一月一九日、所沢市監査委員から本件祝い金に関する監査の結果の通知を受けたが、これを不服として、第一審裁判所に対し、同年一二月一七日、被告の表示として「所沢市監査委員」及び「所沢市長平塚勝一」、事件の表示として「地方自治法二四二条の二第一項三号による違法確認」、請求の趣旨として「被告所沢市長平塚勝一が所沢市南部浄水場落成式に際し、所沢市に対しなされた寄附金の管理が違法であることを確認する。」と記載した本件訴状を提出し、昭和五〇年五月一四日、所沢市監査委員に対する訴えの取下書及び請求の趣旨を「被告所沢市長平塚勝一は、所沢市に対し、金七万七四三一円及び内金四万三一六五円に対する昭和四四年一一月一二日から、内金二万一〇〇〇円に対する同年一二月八日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」と訂正する旨の請求の趣旨訂正申立書を提出し、昭和五〇年六月八日、被告を「所沢市長平塚勝一」から上告人の「平塚勝一」に変更する旨の被告変更許可の申立書を提出した。第一審裁判所は、所沢市監査委員及び所沢市長に対する訴状送達をしないまま、同月一八日、右被告の変更を許可する旨の決定をなし、同月二一日、上告人に対し、訴状副本、請求の趣旨訂正申立書副本及び被告変更許可決定正本を送達した。

被上告人の上告人に対する本件訴えは、所沢市監査委員の監査の結果を不服として地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づき提起する訴訟であるから、同条二項一号の規定により、被上告人が監査の結果の通知を受けた昭和四九年一一月一九日から三〇日以内に提起しなければならない。被上告人は、右の出訴期間内に本件訴状を提出したが、その記載内容に徴すれば、本件訴状は、所沢市監査委員及び所沢市長を被告として、同条一項三号の違法確認を求めるもので、上告人の平塚勝一個人を被告とするものではないと認めるほかなく、本件訴状の提出により上告人に対する本件訴えの提起がなされたものということはできない。被上告人は、本件訴状の提出に続き、所沢市監査委員に対する訴えの取下書及び請求の趣旨訂正申立書を提出し、更に被告変更許可の申立書を提出した。被告に対する訴状送達前であれば、裁判所の決定をまつまでもなく、訴状訂正の形式により請求及び被告を変更することが可能であるから、本件訴状記載の訴えは、被上告人の右各書面の提出により、上告人に対する本件訴えに変更されたものということができる。そして、出訴期間の遵守については、民訴法二三五条の規定の趣旨に従い、右各書面提出の時に本件訴えの提起があつたものと解すべきである。右各書面の中では、請求の趣旨訂正申立書が所沢市監査委員に対する訴えの取下書とともにまず提出され、その後に被告変更許可の申立書が提出されているが、地方自治法二四二条の二第六項並びに行政事件訴訟法四三条三項、四〇条二項及び一五条の規定の準用により、出訴期間の遵守については、本件訴えは、請求の趣旨訂正申立書提出の時に提起されたものと解するのが相当である。しかし、それ以前にさかのぼつて本件訴えの提起があつたものと解することは、民訴法二三五条の規定の趣旨に違背し許されないものというべきである。この点に関し、原審は、本件訴状の請求の原因欄の記載によれば、本件訴状記載の訴えの本旨が本件祝い金の管理に関する上告人の違法行為について損害賠償の責任を追及する趣旨を含むものであることが看取され、これが請求の趣旨訂正申立書等によつて具体化、明確化されたものと解することができるとした上、本件訴状記載の訴えと本件訴えとは、形の上で被告の変更はあるが、上告人の本件祝い金に関する違法行為の責任を追及する限りにおいて同一性を有すると認められるから、本件訴えは出訴期間の遵守に欠けるところがない、と判断した。原審の右判断が、本件訴状は上告人をも被告としていると解したのか、あるいは、本件訴状は上告人を被告とするものではないにしても、上告人の責任を追及する趣旨の記載を含んでいる以上、本件訴状提出の時から本件訴えの提起があつたものと同様に取り扱うべきものと解したのか、必ずしも明らかでない。しかしながら、本件訴状がその記載内容からして上告人を被告としていると解することができないことは、前述のとおりである。また、本件訴状において被告とされた所沢市監査委員及び所沢市長は所沢市の行政機関であり、一方、上告人は私人であつて、前者に対する判決の既判力が後者に及ぶ関係にもなく、両者は当事者として形式的にも実質的にも同一性を欠いているから、前者を被告とする本件訴状の中に後者の責任を追及する趣旨の記載が含まれていたとしても、そのことをもつて後者に対する訴えの提起と同一視することはできず、本件訴状提出の時にさかのぼつて本件訴えの提起があつたものと同様に取り扱うべき理由はない。以上のように、出訴期間の遵守については、本件訴えは請求の趣旨訂正申立書提出時の昭和五〇年五月一四日に提起されたものと解すべきところ、被上告人に対し監査の結果の通知があつたのは昭和四九年一一月一九日であるから、本件訴えは出訴期間を徒過して提起された不適法なものというべきである。なお、上告人は第一審において右の点を主張することなく応訴しているが、そのことにより出訴期間徒過の瑕疵が治癒されるものではない。そうすると、本件訴えを適法と判断した原判決には、法令の解釈を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。原判決は破棄を免れず、第一審判決を取り消して被上告人の本件訴えを却下すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九四条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 木下忠良 鹽野宜慶 大橋進 牧圭次)

上告代理人中嶋忠三郎の上告理由

第一、〈省略〉

第二、上告理由第二点は原判決に訴訟手続上違法のあること即ち控訴審の判決に際しては、被上告人の請求が訴訟手続上違法なのであるから、原判決は俗にいう門前払として却下すべきに、それを為さなかつたことについての違法の点である。申すまでもなく此の上告理由は、第二点としてではなく、禅寺でいう「葷酒(くんしゆ―なまぐさ)山門に入るを許さず」のたぐいであるから、換言すれば訴訟手続上の違法についてであるので、上告理由第一点として主張するのが筋であるが、敢えて第二点としたのはあまりにも非常識なる原判決を、第一に強く攻撃したかつたからである。

そして又更には、訴訟手続上違法があるかどうかは、職権調査事項なので、おくれて主張しても差支えないと思つたからである。

さて原判決であるが、原判決の理由には次の記載がある(4丁裏六行目以下)即ち

「二(一) 控訴人は、被控訴人の控訴人に対する本件損害賠償請求の訴は、地方自治法第二四二条の二第二項所定の不変期間たる提訴期間経過後に訴の変更により提起されたものであるから不適法である旨主張するので判断するに、なるほど本件記録によれば、被控訴人は自ら、昭和四九年一二月一七日、被告を「所沢市長平塚勝一」とし、請求の趣旨として「被告所沢市長平塚勝一が所沢市南部浄水場落成式に際し、所沢市に対しなされた本件祝い金である寄附金の管理が違法であることを確認する。」との判決を求める旨の記載のある訴状を原裁判所に提出し、次いで同五〇年五月一四日、被告所沢市長平塚勝一が本件祝い金から「堤新亭」、「三喜」での飲食費及び市長交際費を違法に支出したから、市に代位してその損害賠償を請求するとして、請求の趣旨を「被告所沢市長平塚は所沢市に対し、金四万三一六五円及びこれに対する昭和四四年一一月一二日から、金二万一〇〇〇円及びこれに対する同年一二月八日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」と訂正する旨の「請求の趣旨訂正申立書」と題する書面を原裁判所に提出し、その後本件被控訴代理人が訴訟代理人に選任され、右代理人は同五〇年六月八日被告を「所沢市長平塚勝一」から「平塚勝一」に変更する旨の許可の申立をなし、原裁判所は同月一八日これを許可する旨の決定をなし(同年六月一二日原裁判所より控訴人に対し右訴状副本、請求の趣旨訂正申立書副本、被告変更決定正本が送達された)、更に同代理人は同年七月三日請求の趣旨を、原判決事実摘示の被控訴人の申立のとおり変更(拡張)する旨の準備書面を提出したことが明らかである。右事実によれば、当初の訴状提出時は、被控訴人が所沢市監査委員より監査結果の通知を受けた日である昭和四九年一一月一九日から地方自治法第二四二条の二第二項第一号所定の三〇日の出訴期間以内であるが、その後の前記請求の趣旨訂正申立書、準備書面が提出されたのはいずれも右期間経過後ということになる。しかしながら、前記訴状の内容を見るに、請求の趣旨欄には前記のように掲げられているとはいえ、請求の原因欄の記載によれば、被控訴人は、所沢市監査委員に対し、本件祝い金の管理について、市長平塚勝一が職務を懈怠し、市に損失を与えていることにつき、速かにこれが補填並びに是正をさせるよう必要な措置を講ずることを請求したところ、結論が出ないとの監査結果の通知があり、これに不服であるから本訴を提起したというのであつて、右訴の本旨が本件祝い金の管理に関する控訴人の違法行為について損害賠償の責任を追及する趣旨を含むものであることが明らかに看取されるのであり、これが前記請求の趣旨訂正申立書、準備書面によつて具体化、明確化されたものと解することができる。従つて、訴状記載の訴と請求の趣旨訂正申立書を経て提出された準備書面記載の訴とは、その間に形の上で被告の変更はあるが、控訴人の本件祝い金に関する違法行為の責任を追及する限りにおいて、前後同一性を有するものと認められるから、右準備書面記載の本件訴は出訴期間の遵守に欠けるところはないものというべく、これに反する控訴人の前記主張は採用できない。なお、控訴人は原審が被告の変更を許可した措置を非難するが、その主張は採用できない。」

と判示しておるのである。

そこで原判決の理由を検討するに、訴訟手続上の違法の存することは自明なのに「文字の魔術」とも云うべき方法で控訴人(上告人)の主張は採用できないと判示しておるのである。申すまでもなく、又記録上も明白と原判決でも指摘しておるように、被上告人である原告は訴状において、先づ本件祝い金である寄附金の管理が違法であることの確認を、所沢市監査委員と、所沢市長を被告として請求しておるのである。しかも住民訴訟として即ち行政事件として提起しておるのである。

此の訴訟形体がどうして確認訴訟から給付訴訟に変更されたのか、又当事者たる被告所沢市監査委員と被告所沢市長が、どうして個人である被告平塚勝一に変更されたのか、その変更を原審である浦和地方裁判所がどうして認容したのか。その変更が、地方自治法第二四二条の二第二項所定の不変期間たる提訴期間経過後に、訴の変更により提起されておるのをどうして第一審である浦和地方裁判所が違法なしとしたのか、更には原判決がどうして此の違法手続きを認容したのか理解に苦しむところである。

ここで上告人即ち一審における被告平塚の切実な声を掲記することにしよう。

平塚勝一は、手記を代理人に寄せておるのであり、その一部は次の通りである。即ち

「所沢市水道祝い金裁判事件に関し最も残念であり且いきどうりを感ずるのは、私の第三期市長選挙に立候補するに対し、原告吉田常雄氏のとれる行為である、彼は私の市長当選を阻止せんとすると同時に、市長職から失脚せしめんとする政治的配慮の外何ものでもないと同時に其の意図的行為である。即ち市長選挙が告示される以前から大新聞並の大きな紙面を使用し誇大的宣伝をすると同時に、自己の推測による汚職とか不正続発とかの言辞を使い、宣伝これ努めた事は断じて許す事の出来ない事であると同時にこれを裏書している何物でもない事は明白で、まことに残念であり、其の陰険な行為と政治的意図は許し難く、残念である。これ等悪辣な宣伝にも抱らず多くの市民の信頼を受けて私が、三度市長に当選するや、吉田は事ある毎に議会壇上等で悪辣な言辞を使用する等其の行為は、私を市長から失脚せしめんとする行為である事は明白であり、誠に残念であり悔しさで一杯である。私は第四期市長選挙に於ても圧倒的市民の信任を受けて当選し、現在も市長職にあるのである。原告の行為は悪辣な政治行為であり、本件訴訟そのものが彼の市会議員としての選挙運動なのである。

金七万円余りの支払がおしくて上告するのではなく、吉田の本件不当な売名的行為が許されてよいものかどうかの御賢察を賜り度く上告した次第である。」

と斯く上告人本人は憤激して心中を語つておるのである。

要するに上告人は一審二審の判決に納得せず、本件裁判はいづれも被上告人の主張をうのみにした偏頗な裁判であるというのである。

その点につき考察するに、本件控訴審における被控訴人(被上告人)代理人の昭和五三年七月一七日付準備書面一の(八)には次の記載がある。

即ち

「(八) 訴状の請求の趣旨の記載は措辞妥当ならざる点あり、舌足らずの面があるが、……

実をいうと、原審の準備手続きをした染川受命裁判官は、五〇・七・二四日第一回準備手続前、非公式に原告本人に面接し、請求の趣旨及び請求の原因の明確化と整備、そして被告所沢市監査委員に対する訴の利益の存否等の釈明を求めたのである。

そこで原告本人は考慮の結果、五〇・五・一四付取下書と題する書面で被告所沢市監査委員に対する訴を取下げるとともに、同日付の請求の趣旨訂正申立書なる書面で、請求の趣旨として、被告平塚は(この段階では被告所沢市長平塚勝一)所沢市に対し金四万三、一六五円……各年五分の割合による金員を支払え等となし、請求の原因として、前記別紙(一)の事実関係を具体的に記載したのである……請求の趣旨の訂正、即ち訴の変更はないのである……」

という記述があるのである。

上告代理人は裁判官の釈明を、勿論否定するものではないが第一審の受命判事はどうして第一回の準備手続前、非公式に原告本人に面接し釈明したのであろうか、また被告所沢市監査委員に対する訴の利益の存否の釈明即ち訴の取下げを促したのであろうか、非公式でなく、当事者双方が出頭した準備手続期日にどうして公平に即ち偏頗と疑われないよう注意して釈明しなかつたのであろうか、終戦後釈明権の行使が裁判官に義務づけられていないこと、民事訴訟における当事者主義の原則は戦後特に強く要請されておることを、本件第一審の裁判官はどうして無視してひそかに原告と面接したのであろうか、これは原告である被上告人のために偏頗な行動をとつておると非難されても弁解の余地はないと思料するのである。

上告人の言葉をかりれば、本件訴訟の目的は所沢市市会議員である被上告人が市長である上告人を攻撃して市長の座から追放しようとする政治的野望であると云うのであるから、裁判官から非公式に即ち原告だけ呼ばれて陳述の機会を与えられれば、上告人を極度にののしつたであろうことは想像にかたくなく、そして釈明の名において原告の本訴を勝訴に導くため種々指導されたと云われてもこれまた裁判官として弁解の余地はなかろうと思料されるのである。

かくして共同被告の一人であつた所沢市監査委員に対する訴は取下げられ、請求の趣旨も確認訴訟から給付訴訟に変更されても訴の変更なしと判示されるに至り、当事者も所沢市長平塚から個人である平塚に変更する許可願を許可するし、地方自治法第二四二条の二第二項所定の不変期間たる提訴期間経過後に訴の変更により提起された本訴について、被告である上告人の主張に耳を傾けず拒否した第一審の判決を、控訴審が簡単に是認して本件控訴を棄却したことはまことに違法な判決と云わなければならないのである。

申すまでもなく判決は当事者の納得が必要であり、それには公平の原則に基いて判決はなされなければならないのである。

本件の如く政治的背景をもつ事案において、非公式に即ちひそかに原告のみを呼んでそのいいたいことを云わせるという方法は、ややもすれば裁判官が予断を持つこととなるので、公平の原則を守るため、期日前釈明を必要とする場合は書面により釈明を求めるのが通例である。その訴訟慣行を無視して本件第一審の訴訟手続は進行し、そして原告なる被上告人の主張通りの判決がなされたことに控訴審が、十分検討せずして簡単に一審判決を維持し、控訴を棄却したことに上告人は憤激しておるのである。

以上の次第で原判決は破棄の上、被上告人の本件訴は却下されなければならないのである。〈以下、省略〉

上告代理人羽中田金一の上告理由〈省略〉

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